8.15(インディペンデンス・デイ)にインドの露店で時計を買った話-feat.日本の終戦記念日-

インドの独立記念日 その他
インドの独立記念日

2013年8月15日。

日本から持ってきた腕時計が壊れ、軽くなった左腕に違和感を覚えて何日か経っていた頃。

私はインドのコルカタにいた。

今日はインディペンデンス・デイだという。

街にはイギリスからの独立を祝う人々であふれ、花の首飾りを売る露天商が並んでいる。

私もこの日に特別につけるというミサンガを買い、お祝いムード一色の街を歩きながら横目で時計を探していた。

露天でもいい。腕時計が欲しかった。

花やミサンガを売る露天商の間に隠れるように、時計を売る露天商を見つけた。

私はなけなしの英語で話しかけたが言葉が通じない。

どうやら英語が通じないようだ。

ベンガル語が話せる友人に通訳をしてもらい、縦長長方形の黒い文字盤に金字のインデックスがのったシャネル風の腕時計(もちろん偽物である)を一つ買った。

ブレスタイプだったが、調整をお願いするのも面倒だったので、これはブレスレットのように使おうと決めた。

手持ちのiPhoneを周りに見られないよう、こそこそと確認しながら時刻を合わせようと風防を左の親指で摘まんだその時、あろうことか風防のプラスチックが外れた

こんな経験は初めてだった。

100円ショップの腕時計ですら、ここまで品質は悪くない。

だが事実、私の右の指は文字盤に直接触れてしまっていた

時計の針も進めるも戻すも自由自在。

だからといってアニメのように時を進めたり戻したり止めたりできるわけでもなく、ただ時計の針がくるくると指の腹の動きに合わせて回るだけだ。

「うわ、壊れた」

通訳をしてくれた友人は、私の小さなつぶやきを拾って事態を把握すると、販売店(露天商)のところに戻って直すように言ってくれた。

店主はそれっぽい器具を取り出し、直した風の作業をして私に戻したが、受け取って2、3秒でまた風防が外れた。

再度突き返し、今度はちゃんと直してもらって、やっとその店を後にした。

異国、特にインドのような「金をもらえばあとは他人」という商人心をちっとも隠そうとしない国ではよくあることだ。

ある意味潔い。

だがとにかく疲れた。

まるで一仕事を終えたように、現実世界に一気に戻された。

近くの公園からはクリケットを楽しむ青年たちの声が聞こえる。

異国でインディペンデンス・デイに浮かれていた私は、さて、時刻合わせをしようと再びiPhoneの画面を開いた時、表示されていた日付を見てようやく気付いた。

今日が8月15日であることを。

まるで国賊になったように青ざめた。

気付いてしまえば、気付く前には戻れない。

けれど、左腕に付けたインディペンデンス・デイのミサンガを外す気にもなれなかった。

インドの独立記念日は1947年8月15日。

一応書くと、日本の終戦記念日は1945年8月15日。

そう、年が違う。

なんという偶然なのだろう。

いや、だからといって年に一度の自分たちの大事な日を、お祝いで上塗りしてしまうことに、罪悪感が沸いてきたのだ。

夜。

同室の人々がいる寝室が寝静まるのを待ってから、ミサンガを外した。

そしてそっと北東に向かって手を合わせてみたかったのだけれど、誰かに見られでもしたらなんて理由を話せばいいのか分からなくてできなかった。

ベッドに横たわって目をつぶり、日本に思いをはせてみた。

不思議と、思い浮かんできたのは68年前の日本でなく、現代の日本だった。

戦争番組を特集し、平和を訴える日本人の姿。

大事な日ほど直前まで覚えていても、人間はいとも簡単にムードに流される。

今までの私だって、「終戦の日」のムードに流されていただけなのかもしれない。

このインド滞在に帯同していた他の日本人は9人。

みんなそうだったと思う。何となく言えなかった。言わなかった。

異国の地で祭日の雰囲気に呑まれた。

それがいいことなのか悪いことなのか、未だによく分からないけれど、私は終戦記念日も独立記念日も大事にしたかったのに。

なのに私はなぜ、勇気をもって「終戦の日」の話をできなかったのだろう。

もしこの日、日本にいたら。

もちろん先の戦争について考える日を過ごしていただろう。

しかし外から違う8月15日を体験した時、悲しくも8月15日を「終戦の日です」と必死に叫ぶ極東の島国の姿が、えらく小さいものに見えてしまった。

いつか、「終戦の日」がいくつもの「インディペンス・デイ」で覆いかぶされる日が来るかもしれないと思うと、ぞっとした。

そうそう。

今日は9月2日。

ミズーリ号で重光葵が降伏文書に調印した日ですね。

世界的には今日が、第二次世界大戦・太平洋戦争の終戦の日らしいですよ。

重光葵さんはどんな腕時計をつけて、この命の危険のある場に臨んだのでしょうね。