日本の現代社会におけるアフター5
アフターファイブ……。
仕事の後の自由時間を指すこの言葉ももはや死語となっていますが、基本的に労働者は夕方5時前後に仕事を終えて、その後自由な時間を過ごせる体裁になっています。
早く家に帰るのもよし、
友人と飲みに行くのもよし、
喫茶店で一人静かに過ごすのもよし、
映画館に行くのもよしなのです。
このアフターファイブと切っても切り離せないアイテムがお酒です。
アフターファイブとは本来、仕事と物理的に距離を取って自由に過ごす時間であるにもかかわらず、職場の打ち上げや忘年会・新年会など、アフターファイブに職場の行事が組み込まれることは少なくありません。
そしてそうした“無礼講”の場には必ずと言っていいほどお酒が添えられているのです。
労働者とお酒の関係は江戸時代頃から
お酒と労働は切っても切り離せない関係にあります。
決して楽しいものではない労働の後の一杯は、庶民の至福のひと時として度々時代劇においても描かれます。
どうやら現在の飲み屋の原型ができたのは江戸時代になってからのようです。
江戸時代に創作された落語などを聞いても、いかに労働者とお酒が結びついていたかが分かると思います。
ですが江戸時代の落語でお酒を酌み交わすのは、大抵友人同士が多いことに気付きます。
奉公先の主人に褒美として盃を受けることはあっても、一緒に呑む場面はあまり出てこないですよね。
昭和初期に活躍した喜劇王で、日記魔としても知られる古川ロッパの日記を見ると、いわゆる戦前から役者仲間を連れてアフターファイブを酒場で過ごした様子が書かれています。
つまり江戸時代から昭和に至るいずれかの時期に置いて、アフターファイブのお酒の場が友人同士などのごく親しい間柄から、職場に持ち込まれたことを意味します。
戦後になり、職場とお酒の場の結びつきがより強くなっていき、社員旅行に発展したのでしょう。
昭和の高度経済成長期の頃に会社員だった人から、社員旅行の話や、職場で業後にお酒を呑みながら仕事をした話はよく聞きます。
労働は“劇薬”がないとやっていらんない
では、我々はなぜお酒を呑まないと仕事をやっていられないのでしょうか。
私はこう思います。
人々が“仕事=嫌なこと”と認識している世の中で、勤勉に仕事に向かわせるには“劇薬”が必要なのだと。
大正昭和期の戦争中にはそれがヒロポン(覚せい剤)でした。
ヒロポン(疲労がポンと飛ぶ)は度々タバコやチョコレートに混ぜられ、兵士たちに支給されます。
戦争に喜んでいく兵士なんていませんから、戦場へ向かう、つまり死に直面するストレスを和らげるのがヒロポンだったのです。
戦時中の新聞を見ると、広告欄にヒロポンが大々的に宣伝をされています。
私にはそれが、現代のお酒の広告にとても似ているように見えます。
“劇薬”を手放せる日を夢見て
昔と比べると労働環境はずいぶん良くなったことは明らかです。
ですが我々は、働くための劇薬であるお酒を未だ手放せずにいます。
「お酒がないとやっていらんない」という状況から抜け出し、すべての労働者のアフターファイブがより豊かになるといいな、と個人的には思うのでした。
個人的な断酒半年記念で、アフターファイブとお酒に関する記事を書いてみました。
お読みいただきありがとうございます。


