映画に観る戦後の時計事情-『君の名は』から-

映画に観る戦後の時計事情-『君の名は』から- その他
映画に観る戦後の時計事情-『君の名は』から-

『君の名は』とは

当時の人気ぶり

令和を生きる多くの人々にとって『君の名は』と聞けば新海誠監督のアニメ映画を思い浮かべるかと思います。

私も新海監督のアニメ映画を拝聴しましたし、とても感動しました。

しかし今回ご紹介するのは昭和の『君の名は』。

当初はラジオドラマとして放送され、人気に火がつきました。

民衆の心をどれほどつかんだかが分かるエピソードとして挙げられるのが、銭湯の逸話です。

まだ家にお風呂がある人は裕福なほんの一握りの人たちだけだった時代。

一般庶民たちは銭湯を利用していました。

放送時間は夜8時半から9時までの30分間。

つまり銭湯のゴールデンタイムです。

そこから人々が姿を消すというのは、どれほど人々の心をとらえていたのか。

どれほどの「視聴率」ならぬ「聴衆率」だったのか、少しは想像できたのではないでしょうか。

無人の昭和の銭湯
無人の昭和の銭湯

あらすじ

舞台は戦時下の東京・銀座。

空襲の大混乱の中、マチ子と春樹は出会います。

そして焼夷弾の雨が降り注ぐ中、生き延びた二人は銀座・数寄屋橋の上で語り合い、約束をするのです。

「もしお互い無事に生き残っていたら、半年後の夜に、この数寄屋橋の上で再会しよう」と。

その後終戦となり、約束の”半年後”の当日。

マチ子はなんと佐渡行きの船に乗っていたのです。

唯一の身寄りである叔父夫婦が佐渡に住んでおり、叔父から強烈に「佐渡に来い」と説得され、泣く泣く佐渡行きの船に乗っていたのでした。

そして叔父の家に着いてまもなく、叔父の命令で縁談を持ちかけられます。

一方約束通りに数寄屋橋の上に現れた春樹は、マチ子を待ちますが、当然姿は見えません。

諦めきれず1年後も数寄屋橋に訪れた春樹。

そして約束の日から1年半後、とうと二人は数寄屋橋の上で再会するのです。

喜びを隠しきれない春樹でしたが、どこか曇り顔のマチ子の口から告げられたのは

「私、朝結婚するんです」という言葉でした。

さて、二人の恋はどうなるのでしょうか。

ネタバレをしてしまうと、二人は最終的にくっつくのですが、二人を様々な困難が襲います。

その様子はぜひ、ドギマギしながら目や耳でお確かめください。

数寄屋橋の上で再会のやくそくをする二人
数寄屋橋の上で再会のやくそくをする二人

ラジオから映画へ

ラジオでの人気ぶりからマチ子役・岸惠子、春樹役・佐田啓二で映画化されます。

私が触れたのは映画の方です。

佐田さんがものすごくイケメンで、岸さんも可愛らしくて、何よりお二方とも言葉遣いが上品で聞き惚れてしまいます。

つい夜更かししてしまうほど、ハマってしまいました。

『君の名は』の時計登場シーン

すでに「ビジネスマンの必須アイテム」

「ビジネスマンの必須アイテム」として度々登場するのが腕時計です。

記者であった春樹も、公務員であるマチ子の夫も、腕時計をつけているシーンが確認できます。

ただ笠智衆さん演じる、八百屋の主人となった元軍人は腕時計をしていません。

腕時計は職業の社会的地位や格差によって持てる人と持てない人、あるいはつける必要のない人が居たようです。

とはいえ、戦時中、「隣組の会合に5分でも遅刻したらひどく叱られた」という文献もありますから、時間に厳しいのは日本人の集合体では戦時中から根付いていた文化なのだと思います。

また軍人にとっても作戦上、時計は必須アイテムでしたから、ビジネスマン=男性社会においては時計は必須アイテムとして活用され続けたというのが私の考察です。

時代を映す三人の男性
時代を映す三人の男性

寝る時も腕時計をしたまま!?

マチ子の夫と腕時計にまつわるシーンで興味深い演出があります。

それはマチ子とケンカをした夜、彼が腕時計をしたまま寝るシーンです。

スクリーンの大画面に、はっきりと腕時計が誇張されています。

単純に目覚まし時計代わりだったのか、あるいは几帳面すぎるマチ子の夫の性格を描写したシーンなのかは、今となっては分かりません。

現代でもスマートウォッチをつけたまま寝る人はいますよね。

寝る時まで腕時計を着けている男性
寝る時まで腕時計を着けている男性

一方農場では…

春樹が向かったアイヌの村では腕時計は使われていません。

つまり、主とする農作業に腕時計が使われていなかったことが分かります。

やはり腕時計は、都会のビジネスマンの中で使われていたものなのでしょう。

戦後の腕時計事情・まとめ

昭和の『君の名は』という作品を通して、戦後の腕時計がどこで・誰に使われていたかを考えてきました。

庶民の暮らしはなかなか歴史には残りません。

映像媒体から当時の生活事情を窺い知ることができるのはとても貴重な資料であると同時に、知的好奇心をかき立ててくれます。

これからも昭和の映像作品に触れていきたいと思います。