今回ご紹介するのは、腕時計作家のユリクさんです。
ユリクさんは1990年代から腕時計作家として活動されており、現在の腕時計の個人作家の先駆け的な存在です。
ユリクさんが作る腕時計には、男女問わず根強いファンがいらっしゃいます。
腕時計というと、男性の嗜好品という印象が強いですが、子育てを経験しながら作家としてご活躍され、現在も活動を続けているユリクさん。
なぜ腕時計作家という仕事を選ばれたのか、そしてどういう経緯で腕時計の世界に携わることになったのか。
個人販売会にお邪魔した際に、お話を聞かせていただきました。

Q 腕時計作家はどのような経緯で目指されたのでしょうか
A 実は目指して作家になった、というよりは、‟気が付いていたら流れに乗っていた“という表現の方が事実に近いんです。
雑貨屋さんでアルバイトをしていて、そこの業務の一環で腕時計の組み立てを手伝っていたら、それがいつの間にか本業になったという……。
Q そこの雑貨屋さんで腕時計作家を目指されるようになったのですか
A いえ。
正確に言うと雑貨屋での接客がメインの仕事だったのですが、接客よりも腕時計の組み立てのほうが楽しくなってしまって。
その様子を見ていた腕時計組み立ての受注元の社長に「楽しいならウチに来る?」と誘われて、ご縁をいただきました。
当初は腕時計の組み立てだけだろうと思っていたのですが、そこの社長が「腕時計を制作したい」というチャレンジをしまして、それで制作にも携わるようになりました。
1994年、紙製の手作り腕時計を販売したのが最初でした。
Q 当時はロレックスやセイコーなど、ブランド時計の全盛期だったと聞きました
A そうなんです。
バブル期でしたので、ブランド品の時計が飛ぶように売れた時代。
手作りの腕時計が果たして売れるのか、不安もあったのですが、一部の時計好きの心に刺さったみたいで、すぐに売り切れたのです。
そしてその後、子どもが生まれて会社は2年ほどで辞めました。
10年以上経って修理担当として会社に復帰もしましたが、その間も作家としてはずっと所属したまま、作品を売ってもらっていました。
そんな中、コロナ禍をきっかけに一度全部辞めようと思いまして。
ぱったり辞めて、時計作りとは全く関係のない内容で、職業訓練校に行きました。
しかし、本気で就職活動を半年くらいしてみて「やっぱり時計を作るのが面白かったんだな」としみじみ思ったので、作家活動をやり直す事にしました。
ただ、戻るにしても以前とは違った風にやっていこうと思いまして。
まず作家としての名前を変え、作品も絞って、販売方法も1からやり直してみました。
今も「既成概念に囚われず、また、囚われない事にも囚われない」を念頭に、試行錯誤中です。

Q きっかけとなった雑貨屋の前はどんなお仕事をなさっていたのですか
A スーツ生地の問屋で働いていました。
衣服のデザイナーになることを夢見て、専門学校を卒業していましたので。
「イタリアから生地のデザイナーが来日するからそのやり取りを担当してくれ」と言われていたのですが、なんとそのデザイナーさんが急死。
それからしばらく経理など、予定外の仕事をせざるを得なくなったのですが、このまま働き続けることが想像できなくなって退職しました。
Q その後色々な仕事を経験されたそうですが、実際にやってみて判断する姿勢が、腕時計作家になった経緯にも関係しているのではないでしょうか
A そうかもしれません。
腕時計を手作りするなんて、どこの誰もやっていなかった時代でしたから。
Q ユリクさんの作品を拝見すると、素数時計や、文字盤に詩が書かれた時計など、斬新なデザインが多いですがその発想はどこから来るのですか
A 当然、何もないところから思いつくわけではないです。
いつもぼんやり、作りたい作品のイメージはたくさん持っていて、
何かのきっかけで焦点が合って「ん? これいいかも?」ってデザインを思いつく感じですかね。
30年もやってると、色々なアイデアがプールされてまして。
作りたい物のテーマがあがってくると、頭の中のプールから「あ! あれが使えるかも?」と、引っ張り出します。
以前使えなかったアイデアや、使ったことがあっても違う使い方を思いつくこともありますね。
例えば、素数時間計は
「秒数や分数を目立たせる60までの数字を使った時計を作りたいな。でも、60個全部並べるのはデザインがうるさくなってしまいそうだし、どうだろう?」としばらくぼんやり頭の中にあったのですが、
ある時“1~60の中の素数だけを配置すればいいのでは!”とひらめいて、作りました。

Q 腕時計作家になってやりがいを感じることはどんなことですか
A そうですね、今更と言われてしまうかもしれないですが、最近時計の魅力に気付いたんです。
クォーツの腕時計って日本で開発されているじゃないですか。
その開発の過程を知って感動しました。
そもそも時間って、地球と密接に関わっていますよね。
それを60秒、60分、24時間というように分かりやすく数値化したことがすごい発明だなと思います。
やり続けてきた結果、そのものの魅力に気付くということもあるのだなと思いました。
Q ユリクさんと私との出会いは文学フリマでした。小冊子を売る人が多い中で時計を売っているのがとっても斬新でした
A 文学フリマは言葉にこだわりのあるお客さまが多くて、出店していて楽しい会場の一つです。
文学フリマや、今回お越しいただいたギャラリーでの個人販売会はこれからも続けていきたいです。
――2024年5月19日(日)に東京流通センターで開催される文学フリマにも出店するそうなので、お近くの方はよろしければ足を運んでみてください。
お話をいただきありがとうございました。

【感想】
今回の取材、実は「時計という男性の業界の世界に飛び込んだ女性」という視点で記事を書こうと思っていたのです。
でも実際にユリクさんにお会いしてお話してみて、仕事とは“女性”とか“男性”とか、そんな小さなくくりを設けて語れるようなものではないのだなと、自己反省しました。
よく“目標”や“夢”を大事にするように言われますが、自分が何者でもない段階で、描いた夢物語通りに人生が運んでいく人なんてそうはいないのではないでしょうか。
取材の最後、
「気が付いたらこうなっていたんです」
と笑いかけてくださったユリクさんの言葉がとても印象的でした。
その言葉の頭文字には「日々、人生を頑張って生きてきた結果」という言葉を謙遜して隠されているような気がしました。
貴重なお時間をいただきありがとうございます。



